私は真鍮である。
ふりしきる雪の中、私が運ばれていったのは、川ぞいにあるプレハブ小屋だった。
地面とプレハブの間から風が吹き込み、とても寒い。
金属である私の体も少し縮んでしまったようだ。
私のピカピカの体の表面に、夫婦の姿が映りこむ。
彼らはプレハブ小屋で、身を寄せ合うように作業していた。
夫が「寒くないか」と聞くと、妻はふるえる手をさすりながら微笑んだ。
「厚底のサンダルにしたので、靴よりも足が冷えない気がします」
「ストーブくらいつけたいが、借り物の工場に火をつけるわけにはいかないから。すまないな」
彼は妻をいたわりながら、私を手にとった。
大きな板状だった私の体が、機械で細かくされていく。
だんだんと意識が遠のいていった。
気がつくと、私は革のバッグの留め金になっていた。
そして月日が流れるうちに私は色あせ、そしてついにスクラップに出されてしまった。
再び真鍮の板にリサイクルされた私が送られたのは、小さな町工場である。
初めて来た場所なのに、箱から私を取り出した顔に見覚えがあった。
数年前、いや数十年前にプレハブ小屋にいた彼女ではないだろうか。
年を重ねても優しい笑顔はそのままである。
プレハブ小屋から、新しい工場に移ったようだ。
夫はどこにいるのだろうか。
ストーブの上でシュウシュウと湯気をたてている銅のヤカンに聞くと、数年前に他界したという。
「彼女が独りで会社を切り盛りしているのか」
私が呟くと、ヤカンが「独りではないよ」と言った。
彼女の隣には、ピアスをつけた茶髪の若者が座っていた。
「あんなチャラチャラしたやつ、すぐ辞めてしまうんじゃないか」
私は心配になってしまった。
そのうち私はまたシャーリングされ、持ち主のところへ送り返された。
私はそれからベルトのバックルになったり、アクセサリーになったり、さまざまなものに加工された。
スクラップとリサイクルを何度繰り返したことだろう?
箱から取り出されると、再び見覚えのある工場にいた。
ストーブの上に置かれた銅のヤカンはあの頃のままだ。
しかし、随分と落ち着いた色になって、あちこち緑青をふいている。
「やあ、久しぶり」と声をかけると、ヤカンは「シーッ」と湯気をはいた。
「今、彼が集中してるから、カチャカチャ言わないで」
ヤカンの注ぎ口の方向を見ると、誰かが一心不乱に机に向かって、製品を作っている。
「あれは誰だい?」
そう聞くと、あのときの若者だと教えてくれた。
「今では専務で、たくさんの新製品をつくっているのよ」
ヤカンは誇らしそうである。
さまざまな技術を身につけ、自分のブランドも立ち上げたらしい。
立派になった彼の隣に、あのころと同じく彼女が座っている。
「そうか。彼女の見る目は正しかったのか……」
私はそう呟いて、2人の姿を見つめた。
窓の外では、雪が静かに降っていた。